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ネタバレ注意です。
オープニング映像に鉄ひげたちが追加。この百鬼夜行が徐々に集まってくる感じイイな。「甘城ブリリアントパーク」に比喩されてるであろう「財政破たんまでリミットが見えてるどこかの国」。もう巨人になれないことは分かったんだから、妖怪の徒党になって対抗するしかない、的な。
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いすずさんは近衛兵的なものが特性なのに支配人代行という「役割」に押し込められてしまうと本領が発揮できないとか。前回の、ジョーは水の中でのおもてなしが本然なのに、裏方に回され、でも回りまわって自分を生かせる職分につく話とか。
ある「役割(職業・ポジションとか)」があって、あとはそこをより優れた者に代替していく力学で埋めていけばいい、という発想のみだと、どこかに歪みが生まれる。例えば何でもイイから「テーマパーク」という役割があって、あとは優れていればなんでも良い、というのでは「甘城ブリリアントパーク」に勝ち目はない(第2話の、代替可能な消耗品的にテーマパークをスマホで検索する「消費者」の描写など)。そうではなくて、他ではない、「甘城ブリリアントパーク」じゃなきゃダメなんだ。他の誰でもない千斗いすずじゃなきゃダメなんだ。そういう「代替不可能」な価値を模索して、次の世界・社会のフェーズへと進みたい。そういう願いを感じる作品。
相変わらず、丁稚さんの文章が良いので合わせて読んで頂きたいのでした。言及リンクも頂いておりますが、この辺りの話をうまく書いてくれております。↓
●甘城ブリリアントパーク 第7話『プールが危ない!』感想/ねざめ堂織物店
これいよいよ凄い作品だなと感じ始めてるのですが、さらに追加で気づいたのは、モッフルさんが「パクり」と言われるとキレるのも、この「代替不可能」ネタで、京都アニメーション作品風に言えばかけがえのない「輝き」の一つであるはずの自分という存在を、他の何かの代替物・消耗品みたいに言われるのが嫌なのですね。
さらに、西也の武装が「演技」と「心を読む魔法」なのも、前者が「代替」ネタ。これは、仮面ライダー的というか、作品としては「負」に位置付けられそうな力(どんな役にも、どんな「代わり」にもなれる)を、主人公自身が使ってるシチェーションなんですね。一方で後者は、そういう表面的な役割(演技や、今話のような表面の仮装)にまどわされることのない、相手の芯を観てしまう能力。だけど、後者は今の所西也はめったに使わないと。いすずにはすぐに使えなくなってますし、そこには、どこか演技や仮装を外してその人の本質に直接アクセスしてしまうのは、暴力的だという含意もあるように感じます。逆に九話以降、どういう状況でこの能力を使うのか楽しみです。
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そして今話。
上記の「代替不可能」ネタで、可児江西也という「役割・表層の格好」だけを保つために、中身を色んなキャラクターで代替していっても、本当の可児江西也にはなれないってことを一つやってるんですね。もう、童話・寓話のように洗練されていて、「滑稽なことになる」って風に見せてるんですけど。こういう、「役割」を保つために無理くり合わない人材を当てはめて、冷静に考えれば笑うしかないような悲劇的な事態になってること、現実社会でもありがちなのは上記のいすずさんやジョーの話の通りです。
一方で、逆の視点から、みんな可児江西也の格好は被ってるのに、本当それぞれいつも通りのふるまいをやっていて、逆説的に、どんな役割をかぶっても、各々の本質は「代替不可能」だってことを描いてる話でもある。コメディ調になってるけど、マカロンもティラミーも、多少「役割」に押し込まれるシチェーションになったくらいでは自分を見失わないという点では頼もしい。ただもちろん上述のように、求められてる「役割」に対して己の本質を貫きっぱなしだと滑稽な事態になる、というのは風刺済みで。会社の事務員という「役割」を与えられたのに、俺の本質はロックだと事務机の前でギターを弾き出したらどうなるか、的な。本当童話的で寓話的。
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また、西也が支配人代行をやる一周前のいすずが支配人代行だったバッドエンドに終わった一年間の物語「甘ブリZero」があるとしたら、もう一つ遠景に、「甘ブリZeroZero」とでも呼べるような、ラティファのお母様とモッフル卿とモッフル卿が大嫌いだった奴、の三人の物語があったことが明らかになった回でもあります。
「三角関係」が、三層で重ねられて描かれてるんですね。
・モッフル卿−ラティファのお母さん−モッフル卿が嫌いだった奴
・いすず−ラティファ−西也
・西也−土田香苗−木村
一番下の層は今話だけの話っぽいですが、色々と上の層の暗示になってるっぽいですよね。つまり、三人のうち二人がくっつき、一人は見守っている。一人は「演じ」ている。
今話のラスト近辺が、主眼である「いすず−ラティファ−西也」の三人の絵なのですが、今話時点での暗示の通り、いすずさんがモッフル卿に重なって「身を引く」ポジションだとしたらこれ切ないな……。まだ第8話なのでカードはもうちょっと二転三転しそうではあるけれど、モッフル卿もいすずさんも、孤高の軍人気質というか、他人を守ることに一生懸命で、自分自身の幸せに関しては一歩引いてしまうような所があるので、そういうのは、カッコいいけど切ない。
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次回、ある意味満を持してのエレメンタリオ回っぽいです。第10話以降は終盤戦のストーリーに入りそうなので、僕的には一話丸々ワニピー回を観たかった気がするのですが(え)、ちと厳しいか。いや、最終回でちょい役で泣かせるポジション辺りも美味しいか。これ、マジで第2話で失職にあたり(従来の場所を追われる……というこの物語の登場人物たちが直面した事柄の象徴と言えなくもない)嘆くしかできなかったワニピーがどうなるかがこの作品のエッセンスだよ。
→ドラマCD
→Blu-ray第2巻
→前回:『甘城ブリリアントパーク』第7話「プールが危ない!」の感想へ
→次回:『甘城ブリリアントパーク』第9話「チームワークが生まれない!」の感想へ
→『甘城ブリリアントパーク』の感想目次へ
【関連リンク:これまでの当ブログの京都アニメーション作品感想】
→『涼宮ハルヒの憂鬱』最終回の感想はこちら
→『けいおん!!』最終回の感想はこちら
→『氷果』最終回の感想はこちら
→『Free!』(第一期)最終回の感想はこちら
→『中二病でも恋がしたい!』(第一期)最終回の感想はこちら
→『境界の彼方』最終回の感想はこちら