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 アニメ『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞(公式サイト)』第15話「もう一つの地球」の感想です。仙台にて地方遅れ視聴中。

 ネタバレ注意です。
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 本作のコンセプトの一つとして、番組開始前のプロモーション映像辺りからも使われていた「殺して生きる」のキーワード。

 少し言い換えると「相手からリソースを奪って自分が生きる」ということになると思うのですが、序盤のアルゼナル内部で描かれていた、ドラゴンを殺して得たお金(リソース)で色々生きるための物を手に入れる。で、手に入れた者同士がパワーゲーム(当初はアンジュVSヒルダなど)してるっていう構図が、世界がどうこうという大きい話の構図にも重なってくるのですね。

 「万能のマナの力」で成り立っていたはずのアンジュたちの方の地球も、それはドラゴンの犠牲、ドラグニウムというリソースを奪って成立してる世界だった。で、お互いがリソースを奪い合う関係にあるのだったら、アンジュの方の地球とサラの方の地球で収奪のために戦い合うしかない。

 なのだけど、アンジュたちの地球の疑似ルートっぽく描かれてるサラの方の地球では、アンジュたちの地球では成立しなかった「母と子の再会」がちゃんと成立したり(ヒルダとヒルダ母は成立しなかったけど、ヴィヴィアンとヴィヴィアン母は成立した)、サラことサラマンディーネさんも憎しみの連鎖は何も生まない的なことを言ってたりで、今話時点では穏健な感じ。

 で、上記のように、この二つの世界の仕組みがアルゼナル近辺の仕組みと重なるので、サラさんの穏健な感じの主張を認めちゃうと、アンジュが好きだったって言うアルゼナルを否定しちゃうことになるのですね。いい感じの事を言われているのだけど、それを認めちゃうと自己否定になるっていう。またもアンジュが揺さぶらるターン。「マナの世界は完璧」って所から揺さぶられてアルゼナルの「殺して生きる」な世界に移行して、アルゼナルが好きになってきたら今度はリベルタスとか言われてまた考えさせられ、今話に至っては「殺して生きる」とか、いやその戦いに意味あるのかみたいなこと言われてまた揺さぶられてと、そういうそれまで信じていた自己が何度も揺さぶられるというのをやってる作品だと思います。

 今の所作中解に近いと感じるのは、実は自分はドラゴンでした(一種の自己否定展開)でもわりとナチュラルに受容してるヴィヴィアンと、実は傾倒していた皇女アンジュリーゼ様はノーマでした(一種の信じていたものの否定展開)でも別にブレなかったモモカ辺りなので、その辺りを汲みながら、どんな共同幻想・他人が影響を与えようとしてくる思想の中でも、「アンジュとして」最後どう戦うのか、駆け抜けてくれたら熱くなりそうです。

→Blu-ray



→1月14日発売(水樹奈々さんが歌う後期エンディング曲収録)

エデン
水樹奈々
キングレコード
2015-01-14


→前回:『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』第14話「アンジュとタスク」の感想へ
→次回:『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』第16話「共鳴戦線」の感想へ
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