ネタバレ注意です。
人と人とのリンクというのが描かれてる作品かと思うのですが、特に第2クールに入って、誰でもいいから繋がればいいわけじゃなくて、誰と繋がるのかを選ぶ、という話が入ってきていると思います。
プラスして、それこそメイン五人組のストーリーのように、一度集まった仲間が一旦バラバラになって、でも再合流できるのでは? というのを描いている作品でもあるのですが、上の話と繋がると、再合流できるくらいの縁というのは、途中で投げ出してしまうのではなくて、「丁寧に育てる」類のものだということも描かれていると思います。
第一クールにあったあおいが立ち合った入社候補の人達の面接のシーン、第14話(感想)の声優さんのオーディションのシーンなんかがこの「誰と繋がるのかを選ぶ」というシーンで、前者では安藤さんと佐藤さんが入社してきた、後者では、鈴木京子さんがアリア役の声優として抜擢された。そして、それだけでは至らないのだけど、その関係性を「育てる」ということが、あおいの新人二人に対する態度や、音響監督さんの鈴木さんへの接し方などで描かれています。いわば、人大事主義。
一方でスタジオタイタニックの人とか、現時点での平岡さんの「帳尻が合えばイイ」という台詞や、掛け持ちしながらのいい加減な仕事で簡単に仕事から降りてしまう薬師寺演出などは、人よりもシステム優先主義(第14話の声優選考シーンで作品や人間以外で選ぼうとしていた三人なんかもこちら側ですね)。最近の世相かとも思うのですが、他のヒット作とかも例にあげるならここ数作の虚淵玄氏脚本の作品なんかでも描かれてるように、人間のためにシステムがあるはずだったのに、高速消費社会のシステムを回すための帳尻を合わせるために人間が消耗品化してるのはおかしいんじゃないか? みたいな視点もある作品だと思います。で、大倉さんは一見テキトーに見えながら、社長さんとの縁に何やら重きを置いてるらしい辺りから、実は人大事主義。
システム主義だと帳尻が合えば誰でもイイという世界なので、結局人と人との深い縁なんかは生まれなくて、今作の五人組のストーリーのような、この五人で再合流したい! みたいな願いは叶わなくなってしまうのですね。帳尻が合うなら、しずかじゃなくても、誰でもイイ、他のある程度うまく合わせてくれる声優さんなら誰でもイイ、ということになってしまうので(この辺りは第12話(感想)で、菅野さんにアニメーターも人間だから他でもなくその人にこそ頼みたいと言われたいっていう風に言わせていましたね。)。
そういうわけで、学生時代の縁や紐帯を頼りに、他でもないこの五人で何らかのカタチで大人世界なりに再合流できたなら……という五人組のストーリーの達成にあたっては、システム主義は逆風なわけです。
だけど、そんな五人組の願い虚しく、世にはふぁっきん資本主義システム主義が吹き荒れ、人と人の縁は消耗品化され、最後はみんなバラバラになって行くのさ。薬師寺演出家は降り、現時点で平岡さんはスタンドプレー、この時点のあおい視点では大倉さんも逃げたように見え……という所で、人と人の縁の顕現、矢野さんが帰ってくるというラスト。ボロ泣きであった。苦しい大人世界で親の病気みたいなつらい事情で一旦バラバラになっても再合流はできるんじゃないかという希望だし、システムに分断されてしまわない本当の人と人の縁はあるんだっていうシーンだし、作中で繰り返されている先輩・前の世代からの助力という展開だし、こういう再合流が苦しい大人世界であり得るのなら、五人組の夢である大人世界なりにアニメーションを媒介に再合流するというのも、あり得るのかもしれないという示唆になってるシーンでもある。
→Blu-ray(第3巻には劇中劇アニメーション「えくそだすっ! 」第1話 同梱)
→前日譚コミックス、大変良かったです。ネタバレ感想はこちら。
→前回:『SHIROBAKO』第17話「私どこにいるんでしょうか…」の感想へ
→次回:『SHIROBAKO』第19話「釣れますか?」の感想へ
→『SHIROBAKO』感想の目次へ
→アニメ『ハナヤマタ』全話感想の目次へ
→『けいおん!(!!)』の感想へ