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ネタバレ注意です。
エンブリヲに思考・行動をコントロールされてアンジュを狙う民衆たち。たいへんゾンビ的なのですが、極端に描くとこうなるというだけで、マナの光という共同幻想に思考を預けてノーマを集団で糾弾・攻撃していたいわゆる「民衆」(第一話時点のアンジュ含む)は、ベクトルとしてはゾンビ予備軍みたいなものだったという描写のよう。
そんな回りはゾンビ的な世界の中で、信頼がおける人の側にいるということ。自分の居場所なんてあるのか? ということ。そういう点について、アンジュの側に居場所を求めるモモカと、今では「エンブリヲ君」の側に居場所を求めるクリスとが対照で描かれる。
二人を別けたのはやっぱり共同幻想、というか集団の圧力に思考を預けてしまうかという描かれ方だと思うのだけど(モモカは世界を覆ってる共同幻想がどうでも、世界がどうでも、自分の意志で「アンジュリーゼ様」を選び取っている)、もう一点、彼女たちを守ってあげられたかもしれないポジションとして、アンジュとロザリーもポジションが重なるようになってきてるということ。第6話(感想)でこのままでは死ぬ(殺される)モモカをアンジュは救ったけれど、これができるのはアンジュが強い人間だからなのですよね。ロザリーには、第13話(感想)でクリスが死んだ時、彼女を助けられるほどの強さがなかった。選ばれたアンジュと選ばれなかったサリアの物語にも通じる所だけれど、こんな支配とか共同幻想飛び交う世界で、アンジュほど強くない人間はどうすればいいのかという辺り、ロザリーで描いていくのか。終盤に向かって周辺の物語も一つの筋道に合流していくのを感じていて、もちろんエンブリヲ(支配者側)にもなれなければアンジュほど強くもないロザリーがクリスに対してどうするのか、というのは楽しみです。
そういう流れの中、エンブリヲに懐柔されたゆえの強さをみせるクリスに対して、モモカはエンブリヲの支配を破ってみせる。如何に世界の共同幻想が厳しくてもアンジュの歌声は消せないというような第10話(感想)ラスト的というか、人間個人の意志・精神性・実存、そういうものの可能性を感じさせる展開で熱い。大ゾンビ量産世界の中で、人間でいることとは? という辺りを描いている。
ラストはタスクもエンブリヲを巻き込んで爆発。これ、タスクさんは生きてるのではなかろーか。この作品が『魁!男塾』だったら、間違いなく後半覆面をして助っ人として現れる展開なのですが。序盤から縄抜けしてたり伏線がありましたが、今話では手裏剣を使っていて、タスクは古の民の中でも忍者の末裔のようなので、自爆というより火遁の術だったと思えば。
タスクがここまでするのもアンジュのためだし、世界とは? というようなマクロな話が壮大になってきてる一方で、本当の意味で側にいてくれる人、そういう人と人との関係性ってなんだろうという辺りがミクロには大事に描かれていて、余剰は紐解かれていって終盤にむけてすっきりしてきてると感じます。第1話時点のエアリアのチームや、序盤のアルゼナルのアンジュをイジメることで和を保つヒルダの共同体や、現在のエンブリヲからの支配とエンブリヲへの依存で成り立ってる「(繋がり)(あえてカッコ)」はどこか胡散臭く気持ち悪くて、今話のモモカやタスクに感じ入る所があれば、十分作品として視聴者に刺したかった部分は刺した、という印象です。
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