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アニメ『結城友奈は勇者である(公式サイト)』、
第五話「困難に打ち勝つ」〜
第六話「明日に期待して」〜
第七話「牧歌的な喜び」〜
第八話「神の祝福」
の感想です。
ネタバレ注意です。
第五話にて友奈らが「満開」を発動させて、バーテックス全(仮)12体を撃破。
その後、友奈は味覚を、東郷さんは左耳の聴覚を、風は左目の視力を、樹は声を失うことになるのですが。
これは、第八話にて「満開」の代償として、神樹様に「体を供物として捧げる」勇者システムのためと明らかになります。
この友奈らの身体の変化をはじめ、第六話以降様々なことが変わるのですが。
総じて、条件つきの友情から無条件の友情へ、条件つきの勇者から無条件の勇者へ……という変化です。
第六話で、三好夏凜(みよし・かりん)は、
●自分が「勇者部」と一緒にいたのはバーテックスと戦うためだった。ゆえに、バーテックスを倒した今、「勇者部」にいる理由はない。
また、
●一人先の決戦で「満開」を発動させなかった自分は身体の一部を失っていない。一人傷を負っていない自分は「勇者部」にいる資格がない
……と孤独に行きかけます。
これは、夏凜の方から「勇者部」のメンバーたちとの友情は「条件つき」だったから、「条件」がなくなった今はもう一緒にいられない……というポーズを投げかけているのですが。
そういった「条件」を友奈が愛で全部無効化し、「無条件」で夏凜には友情を抱いているし、夏凜は「勇者部」である、という決着をみせます。
本当の「居場所」に「条件」はいらないということを描いていて、たいへんに美しいです。
もう一つは、バーテックスを倒して勇者に変身して戦う必要がなくなった友奈たちは果たして勇者なのか? 問題が第六話以降持ち上がるのですが。
こちらも、主に第七話の日常回(温泉回!)を通して、たとえバトルで戦うことがなくなっても、「日常」を生きる中に「勇者性」を見出すことはできる……と帰着します。この点は「ヒーローもの作品」のひとつの答えみたいになっていて素敵ですね。
第六話以降、声を失っている樹は、第四話で歌を歌うという夢(やりたいこと)を見つけていただけに、厳しいことになっているのですが。
しかも、この「歌」は、樹にとって、姉の風と「対称」な関係(前回の感想を参照)でいられるための「条件」のひとつにもなっていました。
上述した第六話・第七話の流れでこのお姉ちゃんと「対称」でいられるための「条件」も無効化されて、歌声(夢)を失っても樹という存在は「無条件で」樹だよ、となるのでしょうか。
第八話では、いよいよ東郷さんがいわゆる「2周目」だった(ループ?)ことが明らかとなり、終盤に向けて物語のギアが上がります。
普通に、作中時系列で以前にも戦っていたということなのか、いわゆる2000年代ADV作品的な感じの「ループ」なのか、はたまたもっと壮大な世界観的な何かがあるのかはまだ分かりませんが。
ざっくりとは東洋思想系の世界観の作品なので、いわゆる(象徴としての)「輪廻転生」を意識してしまったりします。
その観点からいくと、東郷さんからして前世のパートナーにあたる乃木園子(のぎ・そのこ)のことは、今世では忘れてしまっている。
逆に、これまでの物語であれだけ魂が触れ合った感じがした友奈も、東郷さんにとっては一抹(いちまつ)の今世のパートナーにすぎない……という諸行無常観がイイな、と思うのでした。
→前回:結城友奈は勇者である/感想/第一話〜第四話(ネタバレ注意)へ
→次回:結城友奈は勇者である/感想/第九話〜最終話(ネタバレ注意)
→アニメ『結城友奈は勇者である』感想の目次へ
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— 寂しいシロクマ(相羽裕司)/仙台市太白区 (@sabishirokuma) January 4, 2022
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