相羽です。

 ライトノベル『想いの重なる楽園の戦場。そしてふたりは、武器をとった(公式サイト)』の感想です。

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 以下、ネタバレ注意です。

 また、先行作品をあげて本作を解釈するという記事の性質上、『リズと青い鳥(公式サイト)』と『少女☆歌劇 レヴュースタァライト(公式サイト)』についてもネタバレが含まれている点をご了承頂けたらと思います。
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 超熱量の百合バトルファンタジー作品である本作。

 今回の記事では、百合作品的な文脈で語られることも多い近年のビッグタイトル、『リズと青い鳥』と『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』と本作とで共通して使われているギミックについて確認した上で、本作『想いの重なる楽園の戦場。そしてふたりは、武器をとった』の独自性を語ります。

 ただ、いわゆる「楽園」の内部で物語が進行し、ラストで「楽園」を出る系統の物語としてはそれこそ歴史上の物語の黎明期から無数の作品がありますので、あくまでここ十年あまりの百合(っぽい)系統の作品の話で、独自性というかユニークな魅力を感じた部分について書いてみた記事として気軽に読んで頂けたらと思います。

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 本作では、メインキャラクターのレーネ・トレニアとセスカ・コルネットの(物語上の)「役割」が中盤で入れ替わるというギミックが使われています。

 ざっくりとは、物語序盤では、


理想を追う。諦めない。:レーネ
諦念している。:セスカ



 だったのが、中盤のレーネが「楽園」の真実を知る箇所を転換点に、終盤では、


理想を追う。諦めない。:セスカ
諦念している。:レーネ



 と、「役割」が入れ替わるのです。

 そして、お互いがお互いの(精神の深いところにある)あり方・「役割」を経験ずみだからこそ、よりお互いの根幹の部分でお互いが理解できてしまう……という百合を描いているのです。

 このような、物語上の「役割」が途中で入れ替わるギミックが使われてる百合(っぽい)文脈で語られる近年の作品としては、かなりの程度のビッグタイトルとしては、映画『リズと青い鳥』と『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』があります。

 『リズと青い鳥』では、童話「リズと青い鳥」に当てはめると、当初は(シンボル:象徴として)みぞれがリズで、希美が青い鳥であるかのように描かれているのですが、やはり物語の転換点で、実は希美の方がリズで、みぞれの方が青い鳥だったのだ、というのが明らかになります。お互いがお互いであり得たがゆえに、どこか魂の深いところで繋がってるような関係を描く(たとえそれが錯覚だったのだとしても)というのも、このギミックに関しては先行作品という感じです。


参考:リズと青い鳥の感想〜伝わらないまま美しい時間を生きる(ネタバレ注意)


 続いて、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』では、同系統のギミックが、もうちょっと哲学的な射程も感じられる趣で使われています。

 「運命」のレベルでは、当初は華恋がクレールで、ひかりフローラだったのかもしれないのに、「運命」を「交換」した彼女たちは、実は華恋がフローラで、ひかりがクレールだったのかもしれない、となっていきます。最終的には、「自同律(自分が自分であること)」は、攪拌(かくはん)されていき、あなたは私だったのかもしれないし、私はあなただったのかもしれない、華恋はひかりだったのかもしれないし、ひかりは華恋だったのかもしれない……というような、高濃度な百合(っぽい)関係を描いていきます。


参考:少女☆歌劇 レヴュースタァライト最終回の感想〜愛城華恋と再生産(ネタバレ注意)


 『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』は、『想いの重なる楽園の戦場。そしてふたりは、武器をとった』と志向性がかなり近いとも感じ、『想いの重なる楽園の戦場。そしてふたりは、武器をとった』でも、最後のセスカとレーネ(レーネとセスカ)のぶつかり合いの箇所では、レーネはセスカだったのかもしれないし、セスカはレーネだったのかもしれない、くらいの地平を描き出していたと思います。

 「役割」の交換を「(物語上の)儀式(イニシエーション)」として行ったがゆえに、お互いがお互いであるかのごとき、深い百合(っぽい)関係・絆で結ばれる。

 その上で、本作『想いの重なる楽園の戦場。そしてふたりは、武器をとった』が、今回先行作品と捉えてみた二作品と何が違うかというと、ラストで、そういった高密度な関係に到達できた上で、未来の可能性を求めて、二人で外の世界に出ていくところです。

 やがてリソースが枯渇する「楽園(ルドベキア)」というのを踏まえた上で、「何とかする」ために、諦めないで未来を変えるミッションに向かって進んでいくところで終劇している。百合百合しい関係になった上で、二人はあくまで「世界を変えよう」としています。

 お互いがお互いになったくらい、深いところでお互いに触れてきた上で、「未来を変えよう」というところで共鳴できた。この二人の関係と、この二人が共有している未来への目線が、とても美しいです。

 『リズと青い鳥』ですと、希美とみぞれには、ラストで確かに「何かが変わった」という変化が感じとれるようになっていますが(特に、どちらかというと希美の方に)、明確にこれから二人で何かを目指していくのだといった未来に向かっての志向性が感じられるかというと、そういうベクトルの終わり方でもありません。むしろ、捉えようによっては、希美とみぞれは最後までディスコミュニケーションが続いている。そして、世界はそういったすれ違いも込みでできている……という結びのようにも思えます。

 これは作品の優劣の話ではなく。『リズと青い鳥』はそういう描き方をしていたという確認です(あるいは作り手の方に、人間と人間との関係とはそういうものだ、という意識があった。)。もともと、京都アニメーション作品はラストで一つの方向性を打ち出すということが少なく、どうして京都アニメーション作品にそのような一種の曖昧さを前向きに捉えるような作品が多いのかについては、これまでの当ブログでの京都アニメーション作品の考察レビューでけっこう書いてますので、興味がある方は記事末のリンクからそちらを参照して頂けたらと思います。

 続いて『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』となりますと、現時点では上で最終回考察記事へリンクを張ったTVシリーズ版から続く『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』がラストということになりますが、こちらは主人公の愛城華恋は「運命」から解放されて終劇しています。

 複雑な作品なので、僕もまだ解釈し切れていない部分がありますが、最後にあれだけ象徴的だった「塔」がぶっ壊れてますから、やはり方向性としては、ああ、華恋と舞台少女たちは「自由」になったんだな、という方向のラストだと思います。

 こちらも美しい終わり方なのですが、「自由」になった! 自体が結末なので、そこから華恋とひかりが、舞台少女たちが何らかの世界の問題を解決していくべく行動を起こしていく……みたいな未来はそんなにも感じられないラストです。あるいはあるのかもしれませんが、今のところそこで終わっているので、具体的なイメージは抱きづらいです。

 そこで本作『想いの重なる楽園の戦場。そしてふたりは、武器をとった』のラストに戻ってくると、レーネとセスカは深い百合的な絆で結ばれた上で「楽園」の外に出ていくのですけど、「楽園(ルドベキア)」のリソースが枯渇する前に外の世界で何らかの解決策を見つけるために旅立つという、かなり具体的に未来の問題を設定して、それを解決して未来を切り拓くために今から一緒に歩いていくんだ、というニュアンスが強いのですね。

 ここが、とても良かったです。

 リアル世相的にも、ファジーなまとまり方よりも、ここから本気で未来を良くしていくんだ。それは可能だと信じているんだ。行動する覚悟を決めたんだ。という方向性に向かっていくラストの物語を読みたかったりもしたのです。

 この、行動を積み重ねて未来を、世界を変えるんだ、というノリというか志向性は同じ鴉ぴえろ先生(Twitter )の作品だと今度アニメ化が決まっている『転生王女と天才令嬢の魔法革命(公式サイト)』にもあるものですが、やはり理想というか、幻めいたものとして一笑にふされがちなビジョンに対して、この二人は本気なんだ。諦める気はないんだ。やり遂げる気なんだっていう、物語を通して二人がそれぞれの本来性に立ち返っていて、それでもまだ二人で一緒にいるからこそ出てくる本気の「願い」っていうのは、美しいものがあるのですね。

 ラスト、レーネとセスカが「楽園」を出たところのみきさい先生(Twitter )の挿絵がまたよくて、「外」は荒れ果てているのですが、「楽園」を尊いと思ったレーネの気持ちも世界に裏切られたわけではなくて(終盤、ルドベキア様と初代の巫女と思われる存在が夢幻的に出てくるところイイですよね。)、二人で本気で「楽園」を消してしまわないですむような「何か」を探しにいくんだなという。「願い」に引っ張られていくエネルギーのようなものを感じる部分で、かなりグっときます。

 この、逆風の中を歩いていく感じ。それでも二人の中にある確かな何かを信じている感じ。希望を本気で求めることを肯定するという結び。

 「役割」交換などのギミックも含めて百合作品として堪能できつつ、他の同系統作品とはまた違った位相の謎の強いパワーを放っている作品です。

 一冊分で一区切りまとまっておりますが、続きを読みたい気持ちも強いので、折に触れて推していきたいと思います。



→鴉ぴえろ先生の作品は『転生王女と天才令嬢の魔法革命』もおすすめ



→『転生王女と天才令嬢の魔法革命』は南高春告先生(Twitter )のコミカライズ版もおすすめ



→コミカライズ版『転生王女と天才令嬢の魔法革命』の感想を以前書いてましたので、そちらもよろしくです

参考:漫画『転生王女と天才令嬢の魔法革命』第1巻の感想〜異世界転生×百合×魔道具開発のピュアファンタジー(ネタバレ注意)

参考:漫画『転生王女と天才令嬢の魔法革命』第2巻の感想〜自由の憂鬱から令嬢は一歩踏み出し王女と共に街を守るために戦う

●当ブログのアニメ感想

『デリシャスパーティプリキュア』第1話の感想〜今日、大ごはん共同体が生まれた(ネタバレ注意)(別ブログ)
少女☆歌劇 レヴュースタァライト最終回の感想〜愛城華恋と再生産(ネタバレ注意)
劇場アニメ『薄暮』の感想〜揺れる自同律と信じるにたるはずの日常への願い
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『無彩限のファントム・ワールド』と、10年代京アニの現在地点(後編)