精神的にきつい時に読んだので、一字一句が胸に染みました。癒されました。一文一文かみしめて読みました。読むだけで心が楽になっていくことがあります。文芸っていうのは素晴らしいです。

 以下、ネタバレ有りです。



 『とりかえばや物語』を全編を通して踏まえているので、当然「入れ替わり」がキーになります。『とりかえばや物語』自体が、本当は女の姫君が若君として(男として)偽って社会に、本当は男の若君が、姫君として(女として)偽って宮中へ、という男女入れ替わりの物語なんですが、そこを、今回は山百合会の作中劇で、本当は男の姫君役を現実では女の祐巳が、本当は女の若君役を現実では男の祐麒が演じる、というか全役男女を入れ替えるという、二重の男女入れ替わりが祥子さまの閃きで行われます(閃きの祥子さまカッコいい)。そこに見られるのは、完全な男女概念のシャッフルです
 それが、今回の焦点キャラ、可南子の物語にすべてかかっていきます。

◇アリスの役割

 本来脇役であるアリスに一節もうけて祐巳と対話させているのが印象的なんですが、これは、可南子との対比だと思われます。つまり、最初から既に男女概念の境界を無化しているアリスに対して、可南子は男女の境界の区分に大きく捕らわれて男嫌いになっているという対比。だから可南子とアリスは属性が違う。アリスが可南子からの敵視の視線を感じていると祐巳に語る場面は、そのことを含意したタメだと思います。そしてこのタメが今回の可南子の成長物語に大きく影響していきます。

◇入れ替わり劇の意味

 入れ替わり劇を扱った近年の最高傑作創作作品は、富野由悠季監督の『ターンエーガンダム』のディアナとキエルの入れ替わりだと個人的には思っているのですが(何話目かは忘れたんですが、お互いのエンパシーだけをたよりに、ディアナの内面にコミットし、ディアナとしてキエルが演説する場面は鳥肌ものです)、ターンエーと同じく、今回でも入れ替わりでポイントとなっていくるのは、相手側の心をエンパしーで想像しなきゃ、入れ替わり劇は成立しないということです。つまり、男嫌いの可南子も、男役を演じて男の台詞を語る以上、男の内面を想像せざるを得ない。この描き方が、相互理解をテーマにしてるマリみてらしくて、感動ものです。すなわち、父親との相互理解という今回の可南子の物語において、ここで前段階として、「男」という存在へのエンパシーを可南子は経験させられているわけです(男役での『私は何て幸せ者なんだ』という台詞を、可南子が上手く言えないのはそのため。男役にコミットして幸せだと言えるほど、この時点で可南子は境界の向側の「男」というものに理解を向けられないでいる。勿論父親がらみで)。これが、父親との相互理解へ向けての第一ステップになります(この入れ替わりで男役の内面を想像させる仕組みを考えついたのが、同じく男嫌いの祥子様というのがまた熱い。OK大作戦(仮)とかを通して、祥子さまの方が可南子よりも成熟した段階にいるという事実。前回『チャオ ソレッラ!』のラストなんかからも、この時点での力関係は、祥子さま>>可南子)。

 そうやって丁寧に段階を追って解決への道筋が積み重ねられていった可南子物語の今回の帰結は、既読者の皆さんは十分に堪能したであろうものとして、あと気になる点は……

◇瞳子と可南子、祐巳の妹になるのは?

 まだ、第3の登場人物が現れる可能性はありますが、明らかに数作前から、祐巳の妹に向けてどちらがリードしているのか?という要素を、読者を楽しませる要素として入れています。そして、これが上手い具合に一進一退で、一方がリードすれば、また一方も追いついてくる……と、まったくもってWJの「デスノート」の月が勝つか、Lが勝つか?くらい拮抗させて読者の安易な予想を許しません。
 で、今回もはっきりいって互角だと僕は思います。
 瞳子も可南子も、最初は祐巳に対してイイ感情を持っていない、そこから始まって、それが覆されるほどに瞳子と可南子が、相手を理解するという能力において成長を示すかどうか、そこが一つの見所なワケですが(祐巳は、祥子さまとの一連のエピソード、特に『レイニブルー』〜『パラソルをさして』あたりで、既に相手を理解するための段階としては成熟した段階にいます、だからこそ、可南子も瞳子も、祐巳にだけは一段階高いコミュニケーションで接してしまう)、そういう視点からみると、今回も、可南子は可南子で理解できなかった父親(あるいは男全般)との関係に進展が見られ、相互理解者として1レベルアップ。一方で瞳子も相互不理解の中で決別してしまった演劇部員との復縁ということをやってのけて、相互理解者として1レベルアップ。どっちも、祐巳の妹になるにあたって、ゴールへむけて一歩近づいたという印象です。
 そんな妹がらみの伏線を積み重ねておいて……↓

 「祐巳 あなた、妹を作りなさい」(祥子さま)

 の衝撃のラストへ。

 あー、ついにここまで来たかという感じです。おそらく、祥子さまの卒業、祐巳の自立がマリみての最クライマックス(というか最終回?)と思ってる僕としては、その最終祐巳物語において一番重要な要素となる、「妹選び」の話がついに……という感じです。そしてそれに絡む↓

◇今回のサブタイの真の意味

 やられました。感動しました。おそらく、最後の祥子さま卒業まで引く含意です。そしておそらくは先代薔薇さま方の卒業場面ともパラレル。先代薔薇さま達の卒業がいつでも合えるだけの絆が自分達にはあるという形であっさり目だったように、いずれ訪れる卒業のような節目も、自分達の関係性の中では「特別でないただの一日」に……そう繋がっていくんだったら、イイなあ。

◇最後に今巻のステキシーン一つ

 やめたい、という言葉は、あるいは本心かもしれない。でも、その言葉の裏には言葉では表現できない無数の気持ちが隠れているような気がした。だからストレートに、「やめたい」だけに注目してはだめなのだ。

 今野先生は、ミステリ小説の心理戦描写のような濃密な文章で、心の機微を描きます。この表面的な言葉の意味と含意とに思いを向ける祐巳ちゃん。成長しました。こういう心理にまで到達した祐巳だから、瞳子も可南子も変わってきているのです。主人公として、どんどん成長してきた祐巳ちゃんが、どんどん好きになっていく自分がいます。

◇補

 志摩子さんの出番がない……(泣)。白薔薇関係では、「可南子さん、取り敢えず送ってみるのも一つの道だと思うよ」とすれ違いざまに言う乃梨子がステキだったけど。本当、可南子や瞳子が成長途中なのに対して、この娘は初期から完成しています。仏像愛好家最高。



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